エンタメちゃんぽん

エンタメ総合雑記 / アイドルネイティブな私たち 拡大版

音楽はどこでも聞ける

とは私は思わない。


しかし、大多数の人にとってはそうらしい。音楽なんてどこでも聞けるし、どこで聞いても一緒なのだ。



帰り道を歩きながらでも、電車に揺られながらでも、家でゆっくり聞くのもいいけど、私は特に駅から職場へのバスに揺られて外の景色を眺めながら好きな音楽を聞く瞬間が好きだった。その時間帯や景色に合わせた音楽を選んでいた。


会社の同僚にそのことを伝えると「まあ曲は部屋でも聞けるじゃん」と軽く流されて話は終わった。私にとっては大問題なんだけどなぁ。悲しいなぁ



別のところで、会話の中で米津玄師やRADWIMPSのことを良く話す友人がいた。その子とカラオケに行った。私はあまり興味がなかったので歌わなかったが、その子は選んだ。でもサビしか知らないと言っていた。何度も聞いているみたいなのに、サビ以外は歌えていなかった。


その子は使うイヤホンに拘り、良い音質のものを買い、様々なアーティストのライブにも足を運んでいる。それでも、その子は歌詞を知らずに曲を聞いている。



音楽を聞くことなんて目的ではなく手段でしかなくて、例えば通勤時間やることがないから流しておくとか、一人暮らしの部屋が静かで寂しいからかけておくとか。私は音楽を聞いてゆっくり歌詞を考えるとか、曲を聞くために街歩きをしたりとか、そういう時間を大事にしている。聞くために外に出るまでする人はあまりいなくても、みんな聞く場所は気にしてるもんだと勝手に思ってた。


だけど、実際には音楽はBGMでしかない、ほとんどの人にとっては、埋まらない場の空白を埋めるものでしかない。



私は少しでも時間があったら映画やドラマを見たり、本を読んだり、音楽を聞いたり、その一つ一つに対して文を書いたり、制作アプリで画像を作ったり、そういうことをできる限りずっとしていたいという思いが強い。



カラオケの友達に私がそういうことをしている時間に何をしているか聞いてみると、電話をしたりラインをしたり、ご飯に行ったり、家に行って話したりすると言う。



誰かと話したり一緒に過ごす時間が嫌いなわけではないけれども、私には他の人と比べ誰かと同じ時間を過ごそうとする気持ちが極端に少ないと知った。


たしかに、誰かと会う約束があればとても楽しみに出かけるけど、いつでも誰かと話していたいとか、時間があれば連絡を取り合っていたいという思いはないなぁ


関心が自分に向きすぎていて、他人に興味を持てていないのかな、と思った。でも話すのは好きだから、そんな簡単な話でもないらしい。とりあえずは、今のままの私でいいや。


どっちが悪いとかどっちが良いとかそういうことではなくて、ただ、他人とコミュニケーションを取ることにそこまで積極的になる気が起こせない自分を悲しく思った。同時に、音楽がただ背景になってしまうことも、やっぱり悲しく思った。

好韓、嫌韓、優越韓

2019年3月、私は韓国・ソウルに行きました。韓国人の友人に会うために、です。




大学で親しくなった彼女とは、ゼミもサークルも全く違ったけれどなんやかんや季節ごとには会って話をする仲で、何度もお互いの恋愛の話や進路への不安や悩みを語り合った。二人で会う時にはいつもご飯の後にスイーツを食べるのがお決まりだ。


学生の間、ずっと一緒に旅行がしたいと話していた。そして彼女の国に遊びに行くと約束していた。けれども、共通するコミュニティも無く少しずづスケジュールの違う私たち。旅行が出来る程の日数を合わせることは難しく、それはなかなか叶えられない願いのままだった。



「このままだときっと一生私は彼女と遠出をする機会も、彼女に会いに韓国に向かうことも無いままだろうな」


4月からは新社会人で正真正銘の大人の仲間入りをする、となれば、これまで以上に誰かと予定を合わせることも長期の旅行ができるような余裕を作ることも出来なくなるだろう。だから行こう、と思って彼女が実家にいる日に合わせ勢いだけで航空券とホテルを予約した。


それまで東京だったものがソウルに移ったからといって話す内容やテンションが大きく変わることは無く、いたって"二人"はいつも通りだった。ただその時の"彼女"は少し様子が違った。



私と話す時は日本語だ。それは日本にいるときと違わなかった。代わりに、彼女は韓国語を話そうとしなかった。


定員さんとの会話も最小限しか交わさず、どちらかと言うと私といるときに積極的に母国語を話したくないようだった。


前にも一度、日本の友達をソウルに呼んだことがあると言っていた彼女。もしかすると以前に、日本人を嫌う現地の方の会話を耳にしたことがあったのかもしれない。韓国語がわからない私は気が付かなかったけど、今回もそんな場面があったのかもしれない。



日本人観光客相手に商売をしながらも、批判的な言葉を投げかけたくなる。ソウルに住む方がそんな感情を持つように、私だって心底その国の文化を好意的に受け入れて、好きでそこに旅行した訳では無かった。

BoA東方神起、少女時代の曲をカラオケで歌ったり、韓国ドラマにドハマりしたり、そんな過去だってあるけれど。韓国という国の事を考えれば、慰安婦や徴用工、竹島等々…上げればきりがないような、単純に好感だけを抱いていられない問題もたくさん見えてくる。


そんな複雑な思いを持ちながらK-POPを聞き、韓国コスメや韓国発のブランド通販サイトを利用するのが今の私だ。そしておそらくそれは、日本に留学しに来た彼女も同様だろう。

お互い思うこと、感じるわだかまりは多少あったけど、そこをあえて触れることなくコミュニケーションしてきた。だから上に挙げた問題に対して彼女がどう思っているのか、確実なところは知らないままだ。



韓国に行くとき、行ってからだって「物価が安い、物が安い」と度々私は口にした。その度に、無意識の内にソウルをどこか見下したような感覚があった。


この感覚はおそらく友人も持っている。高校生の時に必死に日本語を勉強し、日本の大学を目指した彼女は地元に帰らず日本で就職する理由を「その方が楽だから」と言った。


韓国の受験戦争には勝てそうにないけど、日本語を勉強するだけで日本のトップレベルの企業に就職できる。だから彼女は日本にきて、日本にいることを選んでいる。


私達は二人とも心の底からその国が好きだとか、互いの国を尊敬する気持を持っているわけではない。もちろん、好意的な感情は持っているものの、頭のどこかでは見下し、優越感を持ってその国と関わり続けている。



それでも私たちは、同じ国に生まれ育った友達にも話せない悩みを互いに打ち明け話し合ったり、お互いのことを大切に思いこれからも良い関係を続けていきたいと思い合う。


お互いの国が抱える問題はたくさんあるけども、それらをわかったうえで私と彼女は同じ時間を過ごすことを選んでいる。全部取っ払って一人と一人の人間として関わり合えていると感じられる。


そう思いたいだけなのかもしれないけど。それでもいいや。


こんなふうに思える存在に出会えたことを、今私は心から嬉しく思っているから。



ついでにイニスフリー爆買いした

サカナクションを好きなのは

今週のお題「わたしの好きな歌」



サカナクションに出会えてよかった。サカナクションの音楽を知ることができてよかった。その時じゃなくても、いづれ自分で発見していたかもしれないけれど、あの頃出会っていたことが私にとって大事だった、そんな気がする。



私にサカナクションの音楽を教えてくれたあの子は

今どこで何をしているんだろう




私にサカナクションを教えてくれたのは、地元の友達だ。それは小・中学校と同じで、他の同級生よりその時期特に仲良くしていた双子の姉妹だった。学校行事や部活動、放課後やちょっとした外出のことまで、私の過去の思い出にはいつも彼女たちがいた。「いつかお互いの結婚式でスピーチしよう」「絶対招待するから」そんな約束もしていた。



高校進学を経て、なかなか会う機会を作ることが難しくなりどんどん疎遠になってしまった。そんなことをきっかけに私たちの関係は途切れた。ついには、よく一緒に過ごした別の友達に聞いても連絡先がわからない程に遠い存在になっている。地元の成人式にも来なかった彼女たちが今、どこで何をしているのか、誰が知ることができるのだろう。



彼女たちには少し年の離れたお姉さんがいた。双子の姉妹はそのお姉さんの影響を強く受けてか、流行りや新しいものを察知する感度が非常に高く、仲間内に新しい風を持ち込んでくれる存在だった。


大流行する少し前に、「Hanachu→」(廃刊になってしまった女子中学生向け雑誌、二コラみたいなもの)の付録になっているシュシュをゲットし小学校に着けてきたり、まだ読者モデルとして白黒ページの端の方に映るきゃりーぱみゅぱみゅを見つけ「かわいい」「この人絶対来る」と言い切ったり。彼女たちが目を付けるものはいつも、私たちの"流行り"の半歩先、もしくはそれ以上先にあった。


まだ今程には一般化されていなかったYouTubeを駆使して、色んなジャンルの音楽にも触れていた彼女たち。サカナクションの楽曲も、そんな彼女たちが好んで聞く中の一つだった。



周りの友達も、私も、AKB48や嵐のようなアイドルブームに乗ったり、EXILEや少女時代といったダンスグループのパフォーマンスに夢中な人が多かった。バンドの曲を聞くにしても選ばれるのはONE OK ROCKBUMP OF CHICKENRADWIMPSミスチルだ。彼女たちももちろん、当時の流行りの曲を歌ったり聴いたりしていたが、その関心はいつももっと遠くに向けられていた。

僕は歩く つれづれな日
新しい夜 僕は待っていた


流れて 流れて 僕らは今うねりの中を 泳ぎ回る 疲れを忘れて


そのフレーズを初めて聞いたときの不思議な感覚は今でも忘れられない。中学校からの帰り道、双子だからこそなし得る業のような美しいユニゾンで、彼女たちは「アルクアラウンド」を口づさんでいた。


初めて知った「サカナクション」、初めて聞いた「アルクアラウンド」のことを家に帰って母に話した。数日後、母はTSUTAYAサカナクションのアルバムを借りた。我が家の車でドライブ中に流れる音楽に、サカナクションが加わった。


そこから私の生活にも、サカナクションがあるようになった。今の私は高校・大学を経て、社会人だ。本腰を入れて聴き始めたのは高校生活が終わる頃だけど、もうそんなに長く私はサカナクションを聞いていたのか、と。それ自体がなんだか不思議だ。





あの二人は今何を見て、何を好んで、どんなものに興味を持っているのだろう


あの頃彼女たちが持っていた嗅覚に、今でも私は追いつけていない。大人になって、色んなことを学んで知れば、そうなれると思っていたんだけどな。なかなかすぐにはなれないらしい。今でも二人と話していたいし、今でも彼女たちから教えてもらいたいことがたくさんある。



この先の"メジャー"を察知して、それをいち早く掴んで自分のものにする。そんなことを当たり前に出来ていた彼女たちは凄かった。そして、そんな人たちと青春を共に過ごし、語り合った"あの頃"は間違いなくかけがえのない私の財産だ。


そして気づいた。

そうか、だから私はサカナクションが好きなんだ。


バンド自体の楽曲、パフォーマンス、演出、衣装、グッズ、イベント…サカナクションに関連して生まれるそのどれもが私は好きだ。だけど、それだけでは説明できない「好きな理由」があるはずだと、ずっと思ってきた。ずっと、それが何かを考えてきた。今まで答えが出なかった。



私にとってサカナクションは、彼女たちと過ごした時間、彼女たちからもらった刺激の象徴そのものだったのだ。



もちろんサカナクションの音楽が素晴らしいことも、彼らの活動や取り組みが面白いことも、私が好んでサカナクションを聞く大きな理由だろう。けれども、今までそれだけで納得しきれなかったのは、バンドだけを見て「サカナクションが好き」では無かったからなんだ。




アルクアラウンド」を聞くといつも、少し胸が苦しくなる。初めて聞いたときの衝撃と、彼女たちの情報感度への憧れ、もう会えなくなってしまったことへの悲しみ、そんな感情がたくさんぎゅっと押し寄せてくるのだ。



もしまた二人に会えたなら、その時は必ずサカナクションに出会うきっかけをくれたことへの感謝を伝えよう。そして、またあの頃のようにたくさん話をしよう。話を聞こう。




そんな日は本当に来るのかな。そんな日がまた来て欲しいな。希望を込めて、この文を終えよう。



「私が今サカナクションを好きなのは、二人と過ごしたあの毎日があったからなんだよ。」

『M.I.B』の新作は地球も、ファンも、ド派手に裏切る。

本編中で「M.I.Bの中で何かが起こってる」ってエイリアンちゃんが言ってましたが、映画自体にも色々起こっちまってましたね。


今までのシリーズ作品の歴史を知らないか、見たことあるけどニューラライズされちゃった人なら普通に面白い映画かもしれません。私はショックで正常な判断をして見ることができませんでした。悲しい


※以下若干のネタバレを含みます。


OPでいつものテーマが流れ、タイトルが出てきた瞬間の歓びはあっけなく序盤でさっさと崩れ去り。エンドロールの最後にあのお決まりのテーマが流れた瞬間、私は冗談抜きでちょっと泣きました。私が見たかった『メン・イン・ブラック』はこれじゃない。くうぅぅぅ


なんとなく、予告動画の"M.I.Bらしくない"、あまりのスタイリッシュさとオシャレな雰囲気を見て「おっと、これは思ってたやつと違うかもしれない」と異変を察知はしていましたが。映画館で見てみると、やっぱりかなりこたえました。


ここまで書いて改めて書くほどでもないでしょうが、そうです。はい。『M.I.B』の新作を観に行ってきました。そして私は、今までの3作品が大好きなのです。そして新作は微妙でした。過去3作好きな人は「後からTSUTAYAのレンタルで借りて見よか~」くらいのモチベで全然いいと思います。



ワイルドスピードに出てきそうなかっこよすぎる新作車とか、やたらめっちゃら私服着ちゃう主演エージェントの二人とか、「M.I.Bの敵キャラ」っぽくない敵のデザインとか。素手の戦闘シーンあんないらんやんそのくせアクションそんなに無いし、とかあほみたいなボケボケシーン全くないやん、とか最後カッコいいまま終わるのは違うだろ、とか。思うことや気になるところがめっちゃありましてん…


「なんでそんな私服カッコよく着こなしてんねん!!!!!あのブラックスーツあってのMIBやろが!!!!!!!」


SFっていうよりほんとにド派手なアクション映画出来ちゃった!!って感じだったな。SFコメディじゃなくて、SFアクション超大作ぅぅぅ~~~~。けどアクションもそんなに凄くない~~~~。見所はクリヘムの顔。ということは、あのポスターのキャッチコピーは正しすぎるくらい正しかったんやな。うん、むしろ潔い。



これまでの『M.I.B』を見たことのある、又は私と同じように好きな方はこのような空想をしたことがあるのではないでしょうか。


自分が今踏んづけてるマンホールの下に、もしかしたらでっかいイモムシちゃんが住んでるかもしれない
変な帽子をかぶってるあそこのおじさん、脱げば触覚が生えてるのかもしれない
どっかのビルから地下に降りればM.I.B本部日本支部が見つかるかもしれない


「もしかすると、この映画で描かれていることは、私たちのすぐ隣で起こっていることなのかもしれへんな。」

私の毎日の生活の中に、『M.I.B』はそんな少しの楽しみと余白をくれていたんですよ。そんでこの感覚こそ、私が、そして『M.I.B』のファン達が楽しみにし、好んでいた/求めていたものなのではないでしょうか?



人気シリーズのスピンオフという位置づけとしての新作、かつキャストを大幅に変更にしなければならない。となると、設定は踏襲しながらも作品自体のテンションも変えたり、全く新しい世界観を作るとか方向性変えたりしなければいけないのかな?まぁ確かに、それらはとても容易ではないですよね。大変だろうな、とは想像できる。



けれども、『M.I.B』の冠が付いてる以上、「カッコよくて、面白くて、ワクワクできるあの体験」(もう戸惑いすぎてめっちゃ語彙力無い)が味わえると思っちゃうじゃないですか。もはや『M.I.B』ってそのタイトル一つがジャンルになってる程に思う。それは言いすぎか、でもそれがほとんど全て見られなかった時の気持ち、わかる??やばない??


クリヘムはマジでイケメンだったしそこは許そう。千歩くらい譲って許そう。しかしだな、やたらめったら『マイティ・ソー』ネタを入れればオタクが喜ぶとでも思ったか??!予告見た時は確かにクスっとしたけどな、そのシーンに至るまでで既にけっこうながっかり感があるので全然笑えないし、むしろ白けてしまったぜ。おいおい



ただの非日常の面白い映画、じゃなくて、主演二人のJとK(ウィル・スミスとトミー・リー・ジョーンズ)の関係性とか、5分に一回くらいのネタシーンとか、きもかわいいエイリアンたちとか、それからそのエイリアンとMIBのコミュニケーションだったり、彼ら(あれれ、エイリアンに性別ってあるのか??)が地球で試行錯誤しながら生きてる様子とか、そういう一つ一つの"愛おしさ"が、今回の新作には見つけられなかったなぁ。

申し訳程度のかわいいエイリアンポニーちゃんと、序盤に出てきた大量に分裂するあの子くらいかなぁ。



何より、最終的には「私たちの毎日なんて壮大な宇宙の一つにすぎなくて、その外にどんな世界が待ってるかわからないくらい、ちっぽけなものなんだ」っていう真実を教えてくれるんだよなぁ。優しくユーモアたっぷりのシーンで締めくくられるその瞬間が、私は好きなんだよなぁ。



そんな風に私に余白と真実をくれたMIBは、インターナショナルにはいなかったよ。



そうだなぁ、日本テレビは、どうやら選択を誤ったみたいだなぁ。彼らが金曜日ロードショーで放送すべきだったのは間違いなく『M.I.B 3』じゃなくマイティ・ソーだったな。


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コピーが全てを言い当てている

<Tommy february6>はどこへ行ったのか

地元のダイエーにあるサンリオショップ、その店頭に佇む小さなモニターの中に流れる映像を見ることが私は好きだった。


画面に映るのはサンリオの有名キャラクター"キキララ"と、マイクを片手に歌う綺麗なお姉さん。



まだ小さかった私にはその人が誰だか判別さえついていない。けれども、うっとりするようなサウンドと女の子の憧れを全て詰め込んだかのような可愛らしい世界観、サラつやストレートヘアーにオレンジのダテ眼鏡という象徴的なビジュアに私は虜になっていく。小学生だった私にはそこに映る全てが一点の曇りもなく魅力的に見えていた。



この時私が見ていた映像に映っていたのはTommy february6。ある一定の世代の人にはメジャーで懐かしい存在だろうthe brilliant greenのボーカルである川瀬智子のソロプロジェクトとして活動するアーティストだ。(対になるものとしてTommy heavenly6という存在もある。)


そのアーティスト名だけを聞いてもピンと来ない人は少なくないだろう。けれども、楽曲を聞けばその存在をイメージしやすくなるはずだ。


アーティスト活動が活発だった頃には、米倉涼子主演で放送されていたドラマ『奥さまは魔女』の主題歌「MaGic in youR Eyes」、『劇場版ポケットモンスター アドバンスジェネレーション 裂空の訪問者 デオキシス』の主題歌「L・O・V・E・L・Y 〜夢見るLOVELY BOY〜」等、有名な映像作品とのタイアップも何度も行っており、おそらく多くの人は一度はその楽曲を耳にしたことがあるのではないか。



Tommy x Pikachu! Live



the brilliant green - There will be love there -愛のある場所- (live)


(ヘヴンリーの方は銀魂の主題歌にもなってたんやで…)


Pray Tommyheavenly6



もしかすると、いや、もしかせずともここまでを読んで「あー、いたなこんな歌手」、とか「この曲懐かしい」などと感じてその存在を思い出した、という人が多数だろう。そりゃそうだ、ここ数年昔のように頻繁に楽曲を披露することも、リリースすることもない。だから今の彼女については知られていない、又は忘れている人が多くいて当然だ。



前述したように、私は小さい頃Tommy february6(以下、長いのでトミーとします)のファンだった。そして現在進行形で彼女の活動を追い続けている。ずっと彼女だけを見てきたわけではないが、興味や関心は持ち続けてきた。では、曲も出さないメディアにも出ない、そんな、私が見ている今の彼女は一体何を生業にして生きているのか。



“少し前まではバースデーライブとかも未だやってはいたけれども、今はそれさえ気配なし。人気ブランドのMILK FEDとコラボして、お洋服ばかり売っています。”


このように言ってしまうと、傍から見れば彼女の今の行動は「アーティストの小銭稼ぎ」のように思われるだろう。本当のことを言うと、実際私も少し前までそのような視線を持ってトミーの取り組みを見ていた時期があった。


しかし、彼女のプロデュースするアパレルアイテムを見ていくうちに一概にそうとも言い切れないことにある日気づいた。



受注生産限定で販売されているショルダーバック一つとってみても、小さくきれいにまとまってはいるものの、収納スペースがたくさんついており、500mlのペットボトルも入れられる優秀っぷり。トミーらしいフェミニンな色使いだけでなく、男性でも使いやすいよう、カジュアルダウンしたデザインverも用意されていた。


ありそうでなかった、でもどこかで「あったらいいな」と思っていた。そんな痒いところに手が届くアイテムを、彼女は自らの世界観の中に落とし込んでいたのだ。だからぱっと見ただけでは気が付けなかった。


彼女がとった「行動」だけを表面的になぞって見ると、それは片手間でやっているファンに向けてのアパレル事業だろう。だが、実際に作られているプロデュース商品の機能性や魅力はそれに留まらない。


そして、トミーと同じような存在を私はもう一人知っている。


佐藤すみれAKB48SKE48に所属していた元アイドルだ。彼女のことも現役時代から応援しており、今でもSNSのアカウントはチェックし、一度イベントにも足を運んだ。ゆるゆるとその動向を見続けている。


佐藤すみれ(以下、すーちゃん)も、最近はカフェとコラボしてスイーツメニューをプロデュースしたり、自分の好きな系統のお洋服を企画したりとクリエイター業に精を出していた。アイドル時代から自分の芯や見せ方を曲げずに活動していた印象があったが、彼女は自身が持つそういった強みを活かし仕事に繋げている。


少し前に、SNSでアイドル時代を知るファンから「何をやってるのかわからない(笑)みたいなことを言われた」(ニュアンスなので多少言葉が違うかもしれません悪しからず)というようなことを言われていると発していたが、そんな風に言ってしまいたくなる気持ちも分からなくはない。それくらい佐藤すみれは今、多方面でクリエイターとしての才能を開花させている。


佐藤すみれトミーフェブラリー、今回取り上げたこの二人に共通しているのは、彼女たちが自分やファンが満足するだけのものに留まらず、普遍的に"欲しい"と思ってもらえるようなモノづくり、を成功させているところだ。


自分たちの大切にしている世界観や実現したいイメージを形にする、もちろんその思いは全ての根底にあるだろう。だが、結局、それが意図しない人の利益にまで広がって、その人の生活をよりよいものにしていたり、他の誰かの役に立つ一品として愛されていたりする。そんなことを彼女たちは可能にして、そうやってお金を稼ぎ、生きているのだ。



ここ数年、ネットメディアから人気を得た人物が自らのブランドを立ち上げたり、どこかの企業とコラボして商品を企画する動きも少なくない。そういったインフルエンサーマーケティングがビジネスの一つの形として成功しつつあるこの頃だ、彼女たちの取り組みがそれらと一緒くたに考えられてもおかしくないし、それらと重なる部分が無いとは言い切れない。


けれども、それらとはっきりと違っていることがある。彼女たち(トミー/佐藤すみれ)は、自分たちが今までのキャリアの中で大事にしてきた主張や好みを守り続けて、それを形に変えている。例え、これまでしてきた活動内容とは違うことを今の主な仕事内容としていても、彼女達が大切にしてきたものはどこへも行っていない



そんな人たちを表すにふさわしい日本語がないから、「何をやってるのかわからない」と印象づけられてしまうのだろう。わからなくて当然だ。彼女たちがやっていることは、たぶん今ある職業の中に留められない。今ある言葉で表せるような生き方をしていないのだから。


特に、佐藤すみれのやろうとしていること、今回私が簡単に説明した内容に関してはこの本に詳しく載っているのでぜひ読んで欲しい。この本を読んで、自分が持っていた彼女達(トミー/すーちゃん)の活動への印象とリンクする部分があったため、この記事を書くことも決めた。他の人の部分も面白い。




今でさえ何に向かっているのかわからない、きっとこれから先だって、まだまだどこへ進むのかわからない。だけど。まだ見ぬ未来を楽しみに、とりあえず私はそこへついていってみようと思う。


自由に道を切り開き、歩いていく姿がとてもかっこいい。彼女たちの進む道は、彼女たちがつくる世界はきっと今より、広く明るく輝くだろうな。

MCU知識レベル2、くらいの人が見た『アベンジャーズ エンドゲーム』

こういうタイトルのブログとか鑑賞日記、探せばけっこう出てきますが、「なんやかんや言うてみんな、けっこうMCUシリーズ作品見てるんやん」と毎度毎度思っていました。私はガチでMCU初心者です。20何作品ある中で4作品しか見てませんし、誰が誰かキャラクターの名前も全然理解してません。



映画やドラマは昔から好きだったんですがね、アクション系の作品が大の苦手でそういう自分の性格もあって『アベンジャーズ』とか『アイアンマン』とかぜんっぜん見てこなかったんですよ。ちなみに『名探偵コナン』も怖くて見れません。その辺お子様向けなので「仮面ライダー」はめっちゃ見ます。あと「M.I.B」も実は超好き。



そんなハラハラ系が嫌いな私、高校の英語の授業でたまたま見ることになった『マイティ・ソー』がMARVEL系作品との初めての出会いでした。面白かったんですけどね、怖がってちゃんと見なかったんであんま話の内容とかキャストが誰とか詳しく覚えてなくて。



それから時は経ち、2018年。


先日テレビでやってた『アベンジャーズ』と『ドクター・ストレンジ』がたまたま録画されてるのを見て、MCUの世界が少し気になっていったんですね。そこで、会社の同期の『アベンジャーズオタ』にお伺いをたてまして、「全くシリーズ作品見たことない人でも『エンドゲーム』を見に行って楽しめるか?」と。


結果「『アベンジャーズ』の映画3作品を抑えればなんとか楽しめると思うよ…(ほんとは全部見て欲しい)」とのご回答を頂きましたので、録画されてた『エイジ・オブ・ウルトロン』とをAmazon Primeでレンタルした『インフィニティ・ウォー』を速攻で見て、映画館へgoしました。



『インフィニティ・ウォー』の時点で割と感動ポイント高いし、満足感凄かったんですよね。マーベル映画の洗礼を受けました。普通に三時間くらいあるし、家でみたからしんどかったし、超詰め込み教育感凄かったんですけど。それでも『エンドゲーム』めっちゃ楽しめました。



地上波放送見て気づいたんですが、私友人に連れられて『エイジ・オブ・ウルトロン』のジャパンプレミアみたいなやつ行きましたわ。エリザベス・オルセン生で見たわ。その時まだ怖くてめっちゃ目瞑ってたので、内容全然覚えてなかったんですが。ワンダって強いのね。



実は見に行く前に「本当にこの状態で観に行っても楽しめるのだろうか」とすっごい心配になって、めっちゃググったんですけど。【マーベル初心者の感想】みたいなタイトルの記事って、だいたいけっこうな映画ファンとか、そこそこの本数はアベンジャーズ関連作品見てる人、の感想ばっかりで全然あてにならなかったので。



でもその人たちの言ってることも間違ってなくて。だってあんな壮大な世界やもんな、10年くらい続いてるシリーズものやもんな、そりゃ半分見てたって「自分なんかまだまだだ,,」って思って「初心者」って銘打っちゃうよな。



そう感じるくらい、なんかようわからんけどスゲくて、心から見てよかったと思える映画でした。



まじでこんな4作品しか見たことない【マーベル初級】みたいな人がこんなことを書くのさえ少しおこがましい気もしましたが、やっぱり私と同じくらいの歴代のMCU作品への関心度とか、知識しか持ってない人たちへ、「それでも楽しめたよ」とお伝えしたいと思ってここまで書きました。



「ほんっとに全く見たことないけど大丈夫かな…」って人はとりあえず、私も予習で見た3作品だけは見たほうがいい。でも、それ以外は全く見たことなくても大丈夫ですよ。上出来すぎる映画です。とういうか大きいスクリーンで見たらそれだけで楽しめます。迫力だけでも体験してほしい。




見終えて、今後これほどの世界を見せてくれる映画を見つけることの方が難しそうだとさえ思えました。



チートキャラの割合わりかし多かったり、盛り込みすぎちゃう??ってくらいの超展開だったり、「今まで」を見てきてないからこその冷静さからくるツッコミどころもそこそこありますが、そんなん気にならないくらいの素晴らしいエンディングが待ってました。もう最高過ぎて全部帳消し!!!(笑)




正直、MCUの全貌がわかりきっていない & 誰が誰なのかキャラクターの名前も、どの作品に出てた何の技使える人かも理解しきれていない状態でこの感想書きました。けっこう雑でしたが、「あ~、初見レベルの人にはこう見えてるんだな」って感じの優しいまなざしでいてください。菩薩召喚してね




とにかくロバート・ダウニー・Jrに、こんな大層な映画シリーズを引っ張ってきたことに対してのめっちゃすごい賛辞を贈りたい。ほんとすごいよあなた!!お疲れ様でっす!!超ヒール役というか、終始めっちゃ嫌な奴だったけど、今回は素直にカッコいいと思えたよ!!!幸せになってくれ!!



トム・ホランド君も顔めっちゃかわいいし、実はめっちゃ好きなマーク・ラファロブラッドリー・クーパー(アライグマの声)出てるし、てか総じてビジュアルが高すぎておかしいぞ。おいおい。あとメカメカしいのは「仮面ライダー」で元々けっこう好きなので、機械への萌えもとてつもなくて、そういった楽しみ方もできて良かったです。




「今まで」を知らずに見たことにも、知らずにいる自分にも後悔は1ミリもないけど、(笑)だけど、11年間、MARVEL作品を追いかけてきたファンの人に変わってみたいな、と思ったな。其々のキャラクターや作品の背景をもっと知っていて、これまで見てきた台詞やアベンジャーズ達の関係性が嫌でも『エンドゲーム』と繋がる瞬間を味わってみたかった。あーー、想像しただけでもエモすぎて息絶えそう




何となくお気付きでしょうが、そうですはい。




『エンドゲーム』を経て、MARVELのCinematicなUniverseにまんまと引き込まれました。



それにしてもあの“大戦”に軽装備&槍で挑んで戦った『ブラックパンサー』の世界観気になりすぎるので、今からTSUTAYA行ってきます

安室奈美恵を未だに離せないでいる

「あなたのようなアーティストにはもう出会えないかもしれない。今、そう思えるくらいの素晴らしいパフォーマンスをいつも届けてくれてありがとうございました」


彼女への言葉として、【#ALLFOR916】のピンクのメッセージカードにそんなことを書いた気がする。



もう随分経ったはずなのに、あの日をつい最近の事のように感じた今日この頃。まだ私の心は安室奈美恵の引退を心から祝うことができていない。



小学生の時、初めて行ったアーティストのコンサートが安室奈美恵の『BEST FICTION』だった。当時大好きだった「ROCK STADY」のイントロが聞こえた瞬間のうれしさも、初めて見た「Hello」がカッコよかったことも、おっきいヒール型や月の形の舞台セットが可愛くて見惚れたことも、どれも全部鮮明に記憶している。それ程に素晴らしい思い出だ。


この時がほんとにLIVEに行くのが初めてだったから、どのアーティストもMCは無くて、歌って踊り続けることが当然なんだと思い込んでいた。そんなことも懐かしい。


あれから10年くらいは経ったか。大学生になるまでFCにも入れず、コンサートに行く機会も逃していたため、彼女のパフォーマンスを見に足しげく現場に向かうというようなことはあまりなかった。だが、それでもライブDVDは買い、アルバムの購入もしくはレンタルして必ず聞いた。彼女の届けるものを受け取ってきた。



高校の帰り道、駅までの「TSUKI」を流しながら歩いたり、大学入学までの勉強で諦めそうな自分を「Contrail」や「Baby Don't Cry」で鼓舞したり、教室でクラスメイトと「BLACK DIAMOND」のPV流したり、「Dr.」のダンスがかっこいいって話をアムラーの男子と話したり。


青春の傍に、人生の大事なタイミングに、安室ちゃんも曲が必ずあって、安室ちゃんのパフォーマンスがあって。そしてこれから先も、きっとそれが続くと思っていたんだ。



彼女がした選択を、決断を責める気はないし、この結果に納得もしている。でも、やっぱり寂しいし、これから先にだって【安室奈美恵の新曲】を待っていたい。



安室ちゃんはいつもこちらの期待を更新してくれた。「もうこれ以上、最高だと思える曲なんか絶対ない。それくらいこの曲は最高!!(笑)」みたいなことを言っていても、その次に出す曲がまた「最高」だから。どんどん自分の中の「安室奈美恵・最高」が本人によって塗り替えられていく。毎回。過去を懐古する暇なんて与えないくらい、いつもその時が一番だった。



次はどんな曲がくるんだろう。そんな風に「その日」を待つことはもうこの先無いんだ。もう自分の中の「最高」が更新されることはないんだ。それを受け入れることが辛い。



そしてこれまでの人生で、昔から安室奈美恵意外にも、私の好きなアーティストはたくさんいた。その上様々なアーティストの曲を拘りなしに聞くことが好きだった。音楽が好きだった。でも、どんなアーティストの曲を聞いても、どんなに優れたパフォーマンスを見ても、安室ちゃんから受けていた衝撃にはどれも及ばなかった。



安室奈美恵を見るよりも、安室奈美恵を聞くよりも、私に刺激を与えてくれる存在を見つけることは難しいだろう。これは前から感じていた。だが二か月ほど前、あることがきっかけとなり、そんな思いとタイトルに書いたような感情が私の中でより強くなりはじめた。



様々なアーティストの音楽を聴く中で、アイドルというジャンルも好きだった。そんな私は友人の薦めもあって、ある歌手のアルバムを聞き、ライブ映像を見た。ソロデビューしたばかりの元℃-ute鈴木愛理だった。



℃-ute時代の曲は何度も聞いていたし、もちろん存在も既に知っている人だ。愛理のスキルが高いことも知っていた。


友人にアルバムを借りたり、YouTubeでリード曲のPVを見た、歌もダンスも上手かった。本当に。でも、その彼女が歌っていた曲に、その魅力に、どうしても私は没入できなかった。愛理の歌も、ダンスも、表現力も、どれもとってもいい。どの曲も「鈴木愛理」に染めていて、これだけジャンルの違う音楽を自分らしくパフォーマンスできるのは本当に素晴らしいと思う。


だけど、リード曲の「DISTANCE」、「start again」のPVを見た時に抱いた印象/あるイメージが、私からずっと離れなかった。


愛理の歌に、パフォーマンスにどれだけ集中しようとしても、私の中の安室奈美恵がそれを歌い踊っていた。安室奈美恵の声でそれが聞こえて、安室奈美恵が踊るその曲のイメージがはっきり見えた。安室ちゃんが歌うこの曲が見たいと思った。



どうしても、安室奈美恵が頭にチラつき曲に集中できなかった。鈴木愛理だけが歌ってる姿を、自分の中に留めることは難しかった。



どう頑張っても私の中の安室奈美恵が歌い踊ってしまう。私の中の安室奈美恵の専有面積が多すぎて、鈴木愛理に集中できない。安室が歌う姿をイメージできてしまう。そんな悩みを抱く程までに、安室ちゃんは私に染み付いているんだな。他の人の曲を聞いてそんなことを改めて思い知らされた。



「DISTANCE」も「start again」も安室ちゃんにも数回楽曲提供している方が作った曲だ。だからこそ、曲調や歌の雰囲気は似ていて当然だろう。そんな少しの要素でも、安室奈美恵に慣れ親しんだ私の心は彼女に引き寄せられてしまうんだ。






今回、安室奈美恵が自分の中にどれ程染みついているのかを痛感した例として、このように鈴木愛理の名前を挙げた。しかし、誤解のないように言っておくと私は愛理と安室を比較したいわけでも、どちらかを悪く言いたいわけでもない。



鈴木愛理は素晴らしいパフォーマーだ。この文のこの内容では伝わらないかもしれないが、それは確かだ。



ただ、一つ愛理への私の希望を述べるなら、愛理は愛理で、鈴木愛理の道を突き進み、まっすぐ「光の方へ」行ってほしいと思う。安室奈美恵の後を追うのではなく、鈴木愛理として頂点に立ってほしい。



安室奈美恵の引退報道と時を同じくして、鈴木愛理はソロデビューした。だからこそ、ファンの抱く感想やマスコミの取り上げ方等に、彼女と愛理を並べ、二人を重ねるような意見が多く見られた。


確かに、ポジションとしては愛理の目指すのは、安室奈美恵がいたそれだろう。女性のソロシンガーであり、歌って踊れて、プロポーションも抜群で、男性からも女性からも愛されるような存在。おそらく、愛理本人も、彼女を売り出し周囲を固める人たちも、意識していない筈がない。

実際に、あるイベントで安室奈美恵をイメージさせるような衣装とヘアメイクでパフォーマンスをしていたこともある。




私は、それらを凄く勿体なく思った。


どちらの方がいいとか悪いとかでなく、鈴木愛理安室奈美恵よりももっと、ジャンルレスに幅広く、色んな世界を表現できるのに。今の愛理は歌と踊りが第一で、そういったプロモーションや楽曲が強めに押されている状態だ。私は、アルバムを聴いて、ライブ映像を見て、どんな曲でもどんとこい!なスタイルが愛理の強さであり、魅力なのではないのかと思ったんだけども。


そして、その魅力は愛理にしかない武器なのではないのか。


「歌とダンスで見せるパフォーマンス」という軸で考えてしまうと明らかに愛理の方が踊れていない。だから、そこで愛理のことを批判している人も一部見かける。でも、鈴木愛理にできる表現の幅はそこだけでは無いんだ。POPな歌、アイドル性の高い歌、ネタっぽいコーナー、どんな世界も自分らしさを出して見せられる。


そんな部分のポテンシャルは、奈美恵ちゃんのそれよりはるかに大きい。向かってるベクトルはまるで違うはず、だから「第二の安室」なんか目指さずに、鈴木愛理のオリジナルを極めて欲しい。



そしてそれは、安室奈美恵がどう頑張っても到達できなかったであろうポジションだと思う。キャラクター性もまるで違うし。でも、今のように彼女と同じ軸で並ぼうとし続けても、その軸の上では超えられることはないだろう。それほどまでに安室奈美恵は「とんでもない」アーティストだと胸を張って言える。



ただ、どっちがいいとか、優れてるとか、そんな話をしたいんじゃない。



それくらいのパフォーマンスをいつも届けてくれていた。そんな彼女のパフォーマンスを見られたこと、そんな人のファンでいられたこと、そして同時代を生きられたことを誇りに思う。



そして、愛理には、そのこれからを心から楽しみにし、鈴木愛理のパフォーマンスを魅せ続けて欲しいと思う。誰にも真似できない「あなた」のパフォーマンスをみて、彼女を思い出せない日を、こんな私にもいつか届けてほしいです。色々言いつつも今の私はまだまだ弱くて、愛理と彼女をどこか比べているところがあるから。




安室ちゃんの楽曲と切り離して、世界を見られる日は来るのかな。



「皆さんの毎日の中に素晴らしい音楽が常にあることを心から願っています」


そんな素敵な言葉と思いやりを贈れる、安室奈美恵がやっぱり私は大好きだ。あなたが届けた素晴らしい音楽たちは、もうしばらく私の毎日に欠かせないみたいだな。